目次
犬の皮膚糸状菌症について
執筆者:後藤大介先生
獣医師、アイビークリニック院長
皮膚糸状菌は、犬の皮膚に脱毛を起こす真菌(いわゆるかび)の一種です。皮膚糸状菌は一種類の菌ではなく、複数の真菌が含まれており、人の足白癬(いわゆる水虫)や股白癬(いわゆるタムシ)なども皮膚糸状菌です。
犬の皮膚糸状菌症は、Microsporum canisという菌が原因となることが多く、猫の皮膚糸状菌の大部分も同じM. canisによって引き起こされます。また、犬の皮膚糸状菌は、ヒトの皮膚にも感染することのある人獣共通感染症としても注意が必要な病気です。
犬の糸状菌の感染経路
犬の皮膚糸状菌症は、以下のような経路によって感染することが一般的です。
○他の動物との接触
犬の皮膚糸状菌の原因菌であるM. canisは好獣性という動物を好む性質があります。犬に限らず、猫にも感染していることが多く、さらには野生動物も持っていることがあると言われています。
そのため、散歩中やドッグラン、ペットホテルや動物病院など他の動物と接触することで感染することがあります。また、ペットショップやブリーダーのところで感染していることもあり、新しく家に子犬を迎えてしばらくしてから発症するというケースも少なくありません。
○土から
皮膚糸状菌の中には、土を好む菌も多いです。また、M. canisも土の中である程度生存し、犬に感染することがあると言われています。散歩中に土を掘ったりにおいを嗅いだりすると、手足や顔に皮膚糸状菌が感染することもあります。
○タオルやほこりなどから
皮膚糸状菌は、犬の体の表面だけでなく、通常の環境中で比較的長い期間生息することができる菌になります。そのため、感染動物と直接接触しなくても、タオルなど共有や皮膚糸状菌の犬がいた部屋のほこりなどが感染源となることもあります。
皮膚糸状菌に注意が必要な犬
皮膚糸状菌は、どんな犬にも感染する可能性がありますが、特に以下のような犬では感染のリスクが高く、注意が必要になります。
■若齢の犬
皮膚糸状菌は免疫がしっかりしていない若齢犬で多く発生し、全身に広がることも珍しくありません。大人の犬でも糸状菌は発症しますが、子犬に比べると感染しずらく、感染しても軽傷で自然治癒してしまうことも珍しくありません。
■多頭飼い
皮膚糸状菌は犬の毛を好むため、多頭飼いの家では、1頭が皮膚糸状菌を持ち込むと他の犬の皮膚に伝染し、その家の中で一気に広がってしまうことがあります。猫と一緒に飼っている場合でも、同じように広がりやすくなります。
また、ブリーダーやペットショップでも一度発生するとなかなか根絶することが難しいため、ペットショップやブリーダー、保護施設など犬の多い施設から家庭に来た直後に発症することも多いです。
■長毛の犬
皮膚糸状菌は髪の毛のケラチンを好んで栄養源にするため、長毛の犬に発生しやすい病気です。また、長毛の犬では皮膚糸状菌が治りにくくなるケースもあります。
■土が好きな犬
皮膚糸状菌の原因菌は土の中に生息することもあるため、土を掘ったり、土の上で転がったり、土のにおいを嗅いだりする癖のある犬では、感染する機会が多く発症のリスクが高くなります。
犬の皮膚糸状菌症の症状
皮膚糸状菌は、内臓にダメージを与えることはない菌であり、犬が皮膚糸状菌に感染・発症すると、皮膚や爪に眼に見える症状が出てきます。
○皮膚の脱毛
皮膚糸状菌は毛のケラチンが好きな菌であり、毛を侵して犬に脱毛を引き起こします。感染初期には円形の「リングワーム」と呼ばれる特徴的な脱毛起こし、進行すると体の広い範囲がはげてしまうこともあります。皮膚糸状菌症の患部の毛は少し引っ張ると簡単に抜けてしまいます。
皮膚自体には大きな影響を与えないため、皮膚糸状菌単独では痒みや赤みなどが起こらないケースが多いです。ただし、感染が重症になると、皮膚の赤みや痒み、肥厚を引き起こすことがあります。
○白いフケ
皮膚糸状菌によって、体全体に白いふけが増えることもあります。脱毛がなくてもふけが増えてきた場合には、皮膚糸状菌症である可能性も考えられます。
○爪の異常
皮膚糸状菌は爪に感染することもあり、その場合には爪の根元が腫れてくるケースがあります。爪の主成分もケラチンであり、糸状菌が繁殖しやすい部位になります。
爪の皮膚糸状菌症は重症化すると、爪の変形やジュクジュクの原因となり、痛みを伴うなど犬の生活に強い影響を起こすこともあります。
皮膚糸状菌症の治療方法
皮膚糸状菌症の治療には、抗真菌薬を使うことが一般的で、状態によって外用薬・内服薬・シャンプーなどを使い分けたり、それらの組み合わせで治療します。
①外用薬(塗り薬)
皮膚の一部に限局している皮膚糸状菌症では、外用薬を使って治療するのが一般的になります。
抗真菌薬の外用薬には、ケトコナゾールやミコナゾール、テルビナフィンなどを配合した薬が数多く存在し、動物用薬には抗生物質や消炎剤などと一緒になった合剤も少なくありません。
②内服薬(飲み薬)
外用薬の効果が薄い場合や、全身に症状が広がっている場合には、内服薬(飲み薬)を使って治療していくケースもあります。
ケトコナゾールやイトラコナゾールなどの抗真菌薬が飲み薬にはありますが、場合によっては薬がかなりの高額になることもあります。また、長期投与では肝臓に負担をかけるなど副作用が出ることも珍しくありません。
飲み薬は錠剤が基本ですが、粉薬や液体の薬で処方してもらえる場合もあります。愛犬に粒の薬を飲ませるのが難しい場合には、動物病院で相談してみましょう。
③シャンプー療法
全身に広がってしまった皮膚糸状菌症には、抗真菌薬入りのシャンプーを使うこともあります。お家でシャンプーが難しい場合でも、動物病院で薬浴(薬用シャンプーを使ったシャンプー療法)をしてもらえることがありますので、皮膚糸状菌の治りが悪い場合には薬浴をしてもらえる病院を探してみましょう。
④サプリメント
サプリメントは、直接皮膚糸状菌に対する抗菌作用があるわけではありませんが、皮膚糸状菌を含む皮膚病に効果があるケースがあります。
皮膚糸状菌症は免疫力がしっかりした動物にはあまり発生しません。そのため、皮膚のバリア機能を高めたり、全身の免疫能力を高めるなどの働きが期待されるアガリクスなどのサプリメントも、皮膚糸状菌の治療に有効であるケースがあります。
皮膚糸状菌症の犬を飼う上で気を付けたいこと
愛犬が皮膚糸状菌と診断された場合には以下のような点に注意しましょう。
■家族や他の犬・猫への感染に注意
皮膚糸状菌症は、人獣共通感染症と呼ばれる犬にも人にも感染する病気です。人にうつってもそれほど強い症状を起こすことは少ないですが、皮膚に赤みや痒みを起こすこともあります。特に免疫がしっかりしていない子供は感染しやすく、お子さんのいる家庭では注意が必要です。
愛犬が皮膚糸状菌症と診断されたら
・感染した犬を触ったらしっかり手洗いをする
・こまめに掃除や消毒をする
などを行い、できるだけ感染のリスクを減らしておきましょう。
■ドッグランなど他の犬との接触を避ける
皮膚糸状菌は、家庭の中だけでなく、外でも他の犬や猫に感染させてしまうこともあります。特にドッグランや散歩中などに、他の犬に直接接触すると皮膚糸状菌症をうつしてしまうことがあります。
皮膚糸状菌が完治するまでは、ドッグランに行くことは自重して、散歩中も他の犬に接触させないようにしましょう。
■シャンプーするなら抗真菌薬入りを
シャンプー療法は、体の表面に付いている皮膚糸状菌を、物理的に洗い流すのにとても有効です。また、抗真菌薬入りのシャンプーを使うと、皮膚に残った成分により、糸状菌の繁殖を防ぐこともできます。
そのため、皮膚糸状菌の感染が疑われる犬では、ミコナゾールやケトコナゾールなどの抗真菌成分が入ったシャンプーを選んであげましょう。
■長毛犬ではできるだけ毛を短くカット
皮膚糸状菌がなかなか治らない場合には、できるだけ毛を短くカットしてもらうことも有効です。毛を短くすることで、皮膚糸状菌が隠れる場所を減らし、塗り薬やシャンプーなどの治療を容易にすることができます。
皮膚糸状菌がよくなったワンちゃん(猫ちゃん)
1.フレンチブルドッグ10カ月齢
最近毛が抜けて来たという主訴で当院を受診したわんちゃんです。真菌培養検査により皮膚糸状菌症と診断しました。
塗り薬を約2週間塗布してもらったところ、脱毛が改善し、投薬開始約4週間で完治しました。
(初診時)
(4週間後)
2.雑種猫4カ月齢
他院で糸状菌と診断され、抗真菌薬を内服していたけれどどんどん脱毛がひどくなるとのことで受診されました。内服薬への反応が乏しく、全身に広がってきていたため、シャンプー療法(薬浴)を実施しました。週に1回のシャンプーを病院で行ったところ、2回目で発毛が確認されたため、家で薬用シャンプーを使ってもらったところ、約6週間後に完治しました。
(治療前)
(動物病院でのシャンプーの様子)
(完治)
犬の皮膚糸状菌症のまとめ
皮膚糸状菌にならないために、予防や日ごろのケアの3つのポイント
皮膚糸状菌症はどのわんちゃんにも起こる可能性のある病気です。日常生活では、以下のような点を気を付けることで予防をしてあげましょう。
①早期発見のためのスキンシップ
皮膚糸状菌症は、100%感染を防ぐことはできません。しかし、早期発見することができれば、負担の少ない塗り薬のみで完治させられる可能性が高くなります。
皮膚糸状菌症の最初の症状は脱毛のみで、毛が多い犬の場合にはなかなか気づかないことも多いため、日頃から体全身を触って違和感を感じられるようにしておくことが大切です。
スキンシップは単なるコミュニケーションだけではなく、病気の早期発見にもつながるので、日頃から愛犬とのスキンシップをとっておきましょう。
②皮膚のバリア機能を高める食事やサプリメント
皮膚糸状菌症は免疫機能が弱い子犬に多く発生します。そのため、皮膚の免疫機能や、感染を防御するための皮膚のバリア機能を高めることで、皮膚糸状菌を含めた病原菌に感染しにくい体を作ってあげることも大切です。
皮膚の免疫機能やバリア機能を高めるためには、皮膚用のフードやキングアガリクスなどのサプリメントなども有効だと考えられます。フードやサプリメントも皮膚糸状菌の予防には大切です。
③定期的なシャンプー
犬のシャンプーは単に汚れやにおいを落とすためのものではなく、皮膚病の予防や治療のためにも大切です。シャンプーをすることで表面に付いた汚れや菌を洗い流すのに加え、皮膚の血行を良くして、健康な皮膚を保つために大切なケアの一つです。
また、薬用シャンプーには、抗真菌作用により皮膚糸状菌の治療や予防が行えるシャンプーだけでなく、皮膚の保湿を助けたりバリア機能を高める作用を持つ成分が含まれているものもあります。皮膚の状態にあったシャンプーを定期的に行うのも、糸状菌の予防には有効です。
参考文献
https://www.kanto.co.jp/dcms_media/other/backno7_pdf89.pdf
https://idsc.niid.go.jp/iasr/26/306/dj3066.html
執筆者:後藤大介先生
アイビークリニック院長
獣医師
岐阜大学農学部卒業
大阪・北海道の動物病院で約10年間勤務した後、2018年、岐阜でアイビーペットクリニックを開業。