目次
治りにくい犬のマラセチア皮膚炎を良くする3つのポイント
執筆者:増田国充先生(獣医師)
犬のマラセチア皮膚炎について
犬のマラセチア皮膚炎という皮膚病をご存知でしょうか?
マラセチアとは、真菌というカビの一種です。カビというとパンに生える緑色のものや、お風呂場にできる赤や黒色のミズカビなどを想像しますが、このマラセチアという真菌はパンや酒類などで発酵に使う酵母に近い構造や性質を持っています。
また、真菌が関連したヒトの皮膚病の中に水虫がありますが、これは白癬菌といわれる真菌でマラセチアとはまた異なります。白癬菌は犬の皮膚にも病変を作りますが、今回は割愛します。
マラセチア自体は決して珍しい真菌ではなく、もともと皮膚や耳の中などに存在するものなのですが、過剰に増殖する条件が整うとマラセチア皮膚炎を引き起こします。
強い痒みなどを伴うマラセチアの症状
さて、そのマラセチアという真菌が引き起こす皮膚炎ですが、どのような症状を起こすのでしょうか。
最も特徴的なのが脂漏性(しろうせい)臭気(しゅうき)といわれる独特の脂っぽいにおいを発します。それに合わせて多くの場合皮膚のべたつきを伴います。皮脂が過剰に分泌する「脂漏症」が同時に現れています。これは皮膚で過剰に皮脂が作られることに由来します。
また、中等度から非常に強いかゆみが生じます。その状態で皮膚をかきむしり表皮に傷がつくと、そこから細菌感染を引き起こし症状の悪化や回復を遅らせる要因となります。さらに、皮膚が分厚くなります。これは皮膚の表面にある角質層の構造に変化が生じ正常な角質細胞が作られにくくなるためです。
皮膚は、体外の異物や微生物から自身を守るバリアの機能を持っているのですが、このバリア機能が様々な理由で低下すると、正常な皮膚では増殖することのない細菌や真菌の働きが活発になってしまいます。
マラセチア皮膚炎を長期間患うとメラニン色素が沈着し、黒ずんで見えるようになることがあります。ゾウのような皮膚のようになる場合があります。ふけの量も増加し、発毛がしづらい状況となるので見栄えに大きく影響してしまうことが多々あります。
特に病変が出やすいところとして、首のおなか側、腹部、脇、顔面、耳、後肢の付け根などが挙げられます。
【マラセチア皮膚炎の犬の腹部 広い範囲で脱毛が見られ全体的にじっとりしています】
【マラセチア皮膚炎の犬のアゴの部分、皮膚が厚くなり黒ずんでいます】
犬のマラセチア皮膚炎の原因
【写真 紫色のマトリョーシカのような形をしたものがマラセチア】
先ほど説明した通りマラセチアとは真菌なのですが、マラセチア皮膚炎の場合、このマラセチア自体が皮膚に悪さをするだけではないところが少々厄介なところです。といいますのも、マラセチアが直接皮膚病の原因となるケースのほかに、他の皮膚病がマラセチアの増殖しやすい条件を整えてしまうことがあるからです。
例えば、犬アトピー性皮膚炎やアレルギー性皮膚炎といった免疫のバランスに乱れによる皮膚炎に合併してマラセチアが増殖することがあります。それ以外の皮膚病が長期にわたって生じている場合にも、二次感染としてマラセチア皮膚炎を生じることもあります。皮脂の分泌が多い体質の犬の場合も、このトラブルを生じてしまうリスクが高くなるといえます。
結局のところ、いくつかの皮膚病が複合的に生じていることがほとんどということになります。そのため、改善に導くための治療が長期にわたることが多く、しかもスキンケアや食餌療法など複数の治療を根気よく行わなくてはいけないため、飼い主さんのとっても負担となることが多いのが実情です。
マラセチア皮膚炎になりやすい犬種
先ほど説明いたしました通り、皮脂の分泌が多い犬やアレルギー性皮膚炎にかかりやすい犬はマラセチアによる影響を受けやすいといわれます。
日本でよく見かける犬種を例に挙げますと、ウェストハイランド・ホワイト・テリア(ウェスティ)、プードル、チワワ、ダックスフンド、マルチーズなどです。文献などではバセット・ハウンドやシェットランド・シープドッグ、ニューファンドランドなども多い傾向にあります。もちろんここで紹介した犬種以外でも発症することがあります。
マラセチアの治療方法
病気の簡単な治療法(抗生物質や抗真菌薬、駆虫剤など)
マラセチアは真菌つまりカビの仲間ですので、マラセチアが関係している皮膚炎では抗真菌薬を使うことをまず検討します。
皮膚の異常が生じている範囲が極めて狭い場合は抗真菌薬を含んだ塗り薬を使うことがありますが、皮膚の広範囲に病変が及ぶことが多いため飲み薬を基本とします。現在はイトラコナゾールや、ケトコナゾールといったお薬を用います。
また、マラセチア皮膚炎はマラセチア単独で悪さをするばかりでなく、膿皮症など細菌感染も合併していることがあります。その場合は抗生物質も併用します。抗生物質は原因となっている細菌に合わせて種類を選択します。とりわけ抗生物質を使用する場合は、獣医師から指示された用量と服用期間を守ることが重要です。
犬アトピー性皮膚炎に由来するマラセチア皮膚炎が認められる場合は、免疫のバランスをコントロールするためのお薬も必要となるケースが多いです。犬アトピー性皮膚炎専用のステロイドを含まない飲み薬が普及してきていますので、この薬の使用が適切と判断された場合は合わせて処方されることが増えました。かゆみの程度、皮膚の症状の具合によって処方されるお薬には様々な組み合わせがあります。主治医の先生とよくご相談ください。
免疫のバランスをコントロールする手段の一つとして、サプリメントや漢方を併用する動物病院もあります。これらは主に既存の治療にプラスして使用することが多いです。先ほどご紹介した抗真菌薬やかゆみ止めなどのお薬の作用を効果的にし、場合によって改善期間の短縮にもつながります。なかなか改善が見込めない難治性のマラセチア皮膚炎の際、筆者は漢方薬を併用しています。
シャンプー療法も欠かせません。人間の場合は頭髪のツヤや潤いに対する効果を重視しがちですが、動物では、被毛もさることながら皮膚のより良いコンディションに保つことに重きを置いています。治療の一環としてシャンプーを行います。ミコナゾールという抗真菌剤が含まれたシャンプーをよく用いますが、皮膚の状態によって主治医の先生が選択したものを使用しましょう。
「医食同源」という言葉があるように、とりわけ皮膚に関する治療では食事への配慮も必要となります。食物アレルギーを持っている場合は、アレルギーのもととなる原材料が含まれていないものを選びます。皮膚の健全な構造を作り出すために必要な栄養や、かゆみの軽減を期待できる原材料を配合した皮膚のトラブル専用の療法食もあります。
マラセチアのときに気をつけたいこと
マラセチア皮膚炎は、ときとして非常に強いかゆみを伴います。掻き傷を作ってしまうとマラセチア以外の病原体が皮膚に悪影響を与える場合もあります。なるべくかゆみが出ないような配慮が必要です。
かゆみが出やすくなる条件の一つとして、皮膚表面の血流が過剰に増えることが挙げられます。たとえば、住環境の気温が高い、シャワーの温度が高い、運動後などです。シャンプーを行う場合はシャワーの温度は38度くらいのぬるま湯に設定しておくとよいかもしれません。ミコナゾールの含まれるシャンプーはシャンプー剤をつけて10分ほど皮膚になじませて薬の成分を浸透させましょう。
塗り薬を使用する場合は、薬を塗ったことが気になってよけいになめたり噛んだりすることの無いように、お散歩前や食事前に行うことがおすすめです。その食事ですが、主治医から食事指導が出ている場合はそれをきちんと守る必要があります。どうしても何かおやつを与えたい場合は獣医師とよく相談しましょう。
こんなことでマラセチアがよくなったワンちゃん
マラセチアが異常増殖するということは、皮膚のバリア機能が十分でないということにつながります。さらに言うと、これは免疫機能のアンバランスさや皮膚の健全な栄養が十分に行き届いていないわけですので、原因の治療に合わせて免疫力や皮膚バリアの強化を図ると改善への近道となります。
プレバイオティクスやプロバイオティスといった腸内環境を整えるもの、免疫力をバックアップするサプリメントなどを既存の治療に加えてみた結果、皮膚の状態がされただけでなく、おなかの動きや活力が改善したケースがあります。
マラセチア皮膚炎は確かに皮膚病なのですが、全身の状態がその症状を大きく左右ことがあるといえます。皮膚以外の部分のコンディションにも気遣ってあげるといいですね。
マラセチアにならないために、予防や日ごろのケアの3つのポイント
マラセチア皮膚炎に限った話ではありませんが、とりわけ犬の皮膚炎を治療・養生する場合に「これだけやっておけば絶対に大丈夫!」といえる王道はありません。皮膚のトラブルは何か一つだけのケアするのではなく、全身の状態をベストな状態に保つことを考えていかなくてはなりません。つまり、手間がかかってしまいますが少なくとも以下の3つのケアを重点的に行っていただくとよいと思います。
・定期的なシャンプー
・原因となる皮膚病のコントロール
・食事療法
マラセチア皮膚炎のケアとしてシャンプーを行う場合は、その餌となる皮脂が過剰な状態を抑えるために短い周期でシャンプーを行わなければなりません。週に2回程度となることもあります。体表からマラセチアを取り除き、増殖しにくい条件を作るためにかかせないものです。
また、マラセチア皮膚炎はマラセチアが直接皮膚病の原因となるほか、他の皮膚病の合併症として生じることもあります。従いまして、原因を見極めたうえ適切な治療を行うことが基本です。
マラセチア皮膚炎は、かゆみや脱毛を伴い見た目にも大きな変化を示すことがあるばかりでなく、治療や日常ケアにもいろいろ気を遣う必要があるため、犬だけでなく飼い主さんにもストレスがかかりやすい皮膚病の一つと考えています。改善のためのケアをバランスよく同時進行で行っていかなければならないのは、精神的にも金銭的にも負担になることがありますが、症状の改善を目指して根気よく進めていきましょう。
○参考文献
・伴侶動物診療指針Vol.1 石田卓夫監修 チクサン出版社
・犬と猫の皮膚科学アトラス 岩崎利郎監訳 メリアル
執筆者:増田国充先生
経歴
2001年北里大学獣医学部獣医学科卒業、獣医師免許取得
2001~2007 名古屋市、および静岡県内の動物病院で勤務
2007年ますだ動物クリニック開院
所属学術団体
比較統合医療学会、日本獣医がん学会、日本獣医循環器学会、日本獣医再生医療学会、(公社)静岡県獣医師会、災害動物医療研究会認定VMAT、日本メディカルアロマテラピー協会認定アニマルアロマテラピスト、日本ペットマッサージ協会理事、ペット薬膳国際協会理事、日本伝統獣医学会主催第4回小動物臨床鍼灸学コース修了、専門学校ルネサンス・ペット・アカデミー非常勤講師、JTCVM国際中獣医学院日本校認定講師兼事務局長、JPCM日本ペット中医学研究会認定中医学アドバイザー、AHIOアニマル国際ハーブボール協会顧問、中国伝統獣医学国際培訓研究センター客員研究員