目次
犬のクッシング症候群について
執筆者:大柴淑子(おおしばしゅくこ)先生
元動物看護師、ペットアドバイザー
クッシング症候群は、「クッシング病」と呼ばれる病態に関連する、一連の症状をさして呼んでいます。副腎皮質機能亢進症とも呼ばれる、副腎皮質ホルモンが関わる疾患のひとつです。副腎という小さな臓器が原因となって起こりますが、初期症状は飼い主が気が付かない場合が多く、進行させてしまう場合も多くあります。
なりやすいとされる犬種は
・ダックスフント
・トイプードル
・ヨークシャーテリア
・ポメラニアン
・ボストンテリア
・ボクサー
と言われています。
また若齢の犬には発症が少ないと言われますが、早い場合は6歳頃からみられ、特に去勢や避妊をしていない老齢の犬に多くみられる病気です。
症状の初期から中期あたりで肥満や腹部膨満などがあるため「コロコロしていて健康的」という見方をするとなかなか発見できず、症状が進んでしまうこともあります。もし発症した場合は一生涯付き合う病気となるため、飼い主も犬も長い治療のための体力が必要です。早期発見のためにも、普段から知っておいた方が良い疾患の一つと言えるでしょう。
症状
主な症状です。
・尿量が増える
・水を飲む量が増える
・たくさん食べるようになる
・毛が抜ける、皮膚トラブルが多くなる
・お腹が膨れる
・手足が細くなる
・元気がなくなる
・動きたがらなくなる
・息が荒くなる
クッシング症候群の代表的な症状は多飲・多尿です。いつもよりも長くおしっこをするようになり、そのため水分が欠乏してたくさん水を飲むようになります。少量の頻尿ではなくまとまった量を排出するのが特徴です。
そしてたくさん食べるようにもなります。食欲が旺盛になるため飼い主はつい与えすぎてしまいますが、次第に肥満を疑いがちになります。その頃には腹部膨満が見られ「やはり肥満なのか」と疑ってしまうため、異常という認識は少なく、ダイエットのために運動させようと考えたりもします。この腹部膨満は「ポットベリー」と呼ばれます。
このように初期症状では異常に気付きにくい疾患ですが、症状が進んでくると全身的な脱毛が目立ち始めます。かゆみはありませんが、左右対称に毛が抜けてくるため「最近よく抜けるな」「貧相な毛になったな」という印象が出てきます。続いて黒ずんだ皮膚や脂っぽさを皮膚に感じるようになり、今までとは違った印象に変化していきます。
また見た目の症状のひとつに顔貌の変化があります。クッシング症候群を発症しある程度症状が進むと、犬が「悲しい顔」になると言われます。これは全身の筋肉が衰えてくるために見られる症状ですが、目じりが垂れ、いわゆる「困り顔」になっていくのです。
これだけでの疾患の判断はもちろんできませんが、肥満気味になり動きが鈍く元気がなくなってくると、「悲しそうに引きこもる」ような印象を飼い主は持つようになるのが特徴です。
クッシング症候群が進むと免疫力が著しく低下するため、膀胱炎や皮膚炎などにかかりやすくなります。特に被毛はツヤがなくなり、乾燥したり脂っぽくなったりするので感染しやすい状態になっていきます。そのためクッシング症候群だけでは命に関わるようなことはなかったはずが、他の疾患に併発することで危険度が増し、放置することで命に関わるようになります。
副腎皮質の機能が変化する6歳前後がクッシング症候群の出始める年齢です。またオスよりもメスに多く見られると言われています。この時期の水のがぶ飲みや、いつも以上の空腹は病気の可能性も否定できませんので、気を付けておきましょう。食餌は毎日同じものを同じだけ与え、飲料水はなるべく量が分かるようにしておくと早期発見につながります。
つい与えがちな缶詰やおやつ類は塩分が多いものが多く、水分を必要以上にとってしまいがちです。水分の摂取量を一定にするためにも、おやつなどは控えめにしておきましょう。
原因
原因は大きく分けて
①内臓の異常
②薬剤の影響
このふたつに分けられます。
まずは原因となる副腎の機能から説明していきましょう。
副腎皮質ホルモンが分泌されるのは、腎臓の隣にある小さな臓器「副腎」です。副腎は左右一対あり、数種類のホルモンを分泌しています。その中のひとつ「コルチゾール」というホルモンは、脳を保護するためにブドウ糖などの栄養を脳へ送って、日頃身体に降りかかるストレスと戦えるように整えている重要な役割があります。
また血糖値や血圧のコントロールもしていますので、糖尿病の対策にも重要なホルモンなのです。副腎はこのように、コルチゾールの量を日々調整しながら分泌しています。このコルチゾールを作るよう指令を出すのは、副腎ではなく脳の下垂体という部分です。このようにコルチゾールは指令塔の「下垂体」と生産者の「副腎」の2カ所の共同作業で分泌されているホルモンなのです。
クッシング症候群は、このどちらかが原因で、「誤って」いつも以上にコルチゾールが分泌されてしまう過剰な状態を言います。この過剰分泌のせいで全身の色々なところに異常が出てしまい、目に見える症状となってあらわれるのです。
クッシング症候群の原因のほとんどが、分泌の司令塔である下垂体の腫瘍だと言われています。腫瘍が大きくなるにつれてコルチゾールも大量に分泌されるようになるため、症状が進行していくのです。中には副腎の腫瘍が原因となる場合もありますが、全体の1~2割程度しか見られませんので、検査の段階ではまず下垂体の異常を疑われることになります。
またもう一つの原因として、薬剤由来のものもあります。アトピー性皮膚炎の治療薬であるステロイド剤を長い間投与されていた場合、体内にコルチゾールが溜まってしまうことがあります。このように治療のための薬品で起こるクッシング症候群を「医原性副腎皮質機能亢進症」と言います。
薬を急にやめた場合も異常が出る場合がありますので、投薬の休止や調整は家庭で判断せず、動物病院の判断に任せましょう。
治療法
①検査
治療の判定の前に全身の検査がおこなわれます。副腎皮質から分泌されるコルチゾールが血中にどの程度の量が含まれているのかを、血液検査で調べます。もし過剰に分泌され、特徴的な症状がいくつか見られた場合は「クッシング症候群」と判定されます。
クッシング症候群と判定されても、原因となるものが何かをつきとめなくてはなりません。次に副腎の状態を確認します。副腎にもし腫瘍ができている場合は、大きさが左右対称ではなくどちらかが大きく膨らんでいますので、超音波検査などで大きさを確認します。観察して大きさに異常があれば副腎の腫瘍と判定され、治療が開始されます。
もしこちらに異常がない場合や、どちらも対称に大きく膨らんでいる場合は、下垂体の異常が考えられます。下垂体異常はつまり脳の中の腫瘍ということになりますので、CTやMRIを撮るなど、全身麻酔をかけての画像診断をおこなっていくことになります。
②治療
副腎の腫瘍が見つかった場合は、外科的な処置、つまり手術で摘出することが求められます。しかし手術を受けるための体力は個体差もあり、腫瘍の大きさや位置によっては処置が難しい場合もありますので、すべての犬が処置可能となるわけではありません。難しい場合はコルチゾールの量を長く抑えていくために、飲み薬や処方食での治療となります。
副腎ではなく下垂体の腫瘍の場合は、脳の中であるため手術も難しく、治療方法は腫瘍の位置や大きさによって見極められます。コルチゾールの量を抑える飲み薬だけでなく、放射線治療をおこなう場合もありますので、治療方法によっては身体への負担も相応にかかってきます。
若齢であれば体力に余裕がありますが、好発年齢は6歳~老齢であるため、治療の体力を充分に考えなければなりません。時間をかけて体調と相談しながら、何度も動物病院と相談しながらの治療となるでしょう。
完治の有無
基本的には完治はありません。クッシング症候群は「長くお付き合いする疾患」と考えましょう。それは腫瘍が手術で取り除けない場合も多くあるからです。その場合は投薬で長い期間コルチゾールの量を抑えなくてはなりません。うまく抑えられれば症状の出ないまま寿命を迎える個体も多くいます。
しかし進行した場合や放射線治療の効果が出にくい場合は、認知症のような神経症状が出てくることもあります。現在どういった状態でどんな風に治療が進行しているのか、定期的に確認しながらの治療となります。
予防法
クッシング症候群には明確な予防法はありません。一度かかると一生涯治療をおこなわなくてはならない怖い病気です。そのため、早期発見のためにも定期的に健診を受け、異常に早く気付くことが大事なのです。もし他の疾患で投薬中であれば、「薬を勝手にやめると問題が起こるかもしれない」と考えておくべきでしょう。治療に関しては勝手な判断はせず、必ずかかりつけの動物病院に相談し、その後の対処を決めるようにしてください。
なお家庭で出来る早期発見の方法は以下の3つです。
①500ccのペットボトルを利用して水を与えること
②食事の量を毎日同じ種類・量にすること
③抜け毛の量に気を付ける事
ペットボトルに水を汲んでおくのは、どれくらいの量を飲んだのかが目で見て判断できるためです。犬に必要な水分量は「体重1㎏あたり100cc程度」と言われています。これを大幅に超える量の水を飲む場合は異常だと判断できますので、水量を正確に計るようにしてみましょう。
食餌量も同様で、摂取量を見るため必ずグラムを計るようにします。また被毛のケアは様々な脱毛症の異常に気付くことができますので、朝や散歩の後など、毎日こまめにブラッシングをしてチェックしましょう。
犬のクッシング症候群のまとめ
クッシング症候群は予防策がありませんので、すぐに気付ける環境にしておくのが一番の対策です。定期検診を受ける習慣がないのなら、まずは習慣にしてみましょう。また飲み水や食餌の量を常に把握するために、量を一定にしておくのもよい手です。愛犬のためにも管理ルールを定めて、健康な毎日を送りましょう。
執筆者情報:大柴淑子(おおしばしゅくこ)
webライターで元動物看護士・ペットアドバイザー。
専門記事は犬猫から魚類・昆虫まで!楽しいペットライフのための、分かりやすくためになる記事を書いていきます。