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犬のマラセチア皮膚炎について
執筆者:大柴淑子(おおしばしゅくこ)
元動物看護士・ペットアドバイザー
犬のマラセチア皮膚炎の概要
マラセチア皮膚炎とは、皮膚に表在している「マラセチア」という酵母菌の一種が異常に増えて、爪の中や皮膚の薄い部分に過剰に増殖した時に起こす皮膚のトラブルを指して言います。
マラセチアはあくまでも常在菌の一種として普段から皮膚に存在しています。しかしなんらかの原因で異常に増えてしまうと、皮膚の異常なかゆみや、独特のベタつき、脱毛など様々なトラブルが発生し、犬が大きなストレスを抱えてしまう原因となります。
また独特のにおい、独特のフケや被毛の脱落なども大量に出てしまうため、犬のストレスだけでなく飼い主の生活の質も著しく低下させてしまう、やっかいな皮膚疾患なのです。
なりやすいとされる犬種は
・チワワ
・マルチーズ
・ヨークシャーテリア
・プードル
・シーズー
・ダックスフンド
・ウエストハイランドホワイトテリア
・コッカースパニエル
・ビーグル
・キャバリアキングチャールズスパニエル
・柴犬
・ボクサー
・ゴールデンレトリーバー
・ジャーマンシェパード
・バセットハウンド
と言われています。
マラセチアは酵母菌という真菌の仲間ですが、犬の皮膚に付着している脂分をエサとして生きていますので、身体の中でも特に脂分の多い部分が症状の出やすい場所となります。
またマラセチアは元々アレルギー体質の犬に発生しやすい傾向にあります。アレルギーが常態化しているといつも皮膚トラブルに見舞われているような皮膚の荒れた状態になっていますので、マラセチア皮膚炎もそれに伴って何度も繰り返してしまいます。
加えて、マラセチアと同じ皮膚の常在菌であるブドウ球菌がこの疾患に関与していると言われています。このブドウ球菌は「スタフィロコッカス」と呼ばれますが、治療する場合はマラセチアと同時にこのスタフィロコッカスの殺菌も必要だと考えます。
症状
マラセチアの主な症状はこの3つです。
・激しいかゆみ
・外耳炎
・皮膚の薄い部分の赤み、炎症、発疹
・ベタつきのある大型のフケ
・左右対称に症状が皮膚出る
これらの症状が進むと共に、皮膚のかゆみが増して頻繁に掻くようになると、皮膚の状態が次第に悪くなっていきます。表面がボロボロになり、色素沈着したり、皮膚が厚くなって角化が進んでいきます。
皮膚も被毛もごわごわと固くなるので、見た目の艶やかさもなく、触った感覚も大きく変化します。
マラセチア皮膚炎では、以下の「摩擦部分」と「皮脂の多い部分」が好発部位となります。
・脇の下
・指の間
・耳
・口の周り、下あご
・マズル(鼻)
・お腹
・肛門
マラセチアは、通気の悪い外耳道や肛門周辺、指の間、唾液で湿りやすい口の周りに特に多く存在しています。耳の長い犬種は外耳道の通気が悪くなるため、それだけマラセチアが繁殖するリスクが高まります。
また顔の毛の長い犬種や、全身の毛量が多い犬種にマラセチア皮膚炎が多い傾向があります。
慢性化すると脂っぽいフケが発生し、表面にコケの生えたような黒ずみが出てきます。そして脱毛も激しくなります。
上記の場所ではベタっとした皮脂が溜まり、脂漏と呼ばれる症状がでてきます。伴って独特のにおいも発生します。この過剰分泌された皮脂を栄養分にして、さらにマラセチアが増えていくのです。
脂漏症が重度になると、代謝異常につながります。その場合は食欲低下や体重の増加なども見られる場合もあります。
原因
マラセチア皮膚炎は、マラセチアの異常な増殖によっておこる皮膚疾患です。増殖することで以下の原因を誘発します。
①皮膚の皮脂や分泌量の増加
②炎症により皮膚の温度を上げる
③過剰に掻きむしったり舐めたりすることで、皮膚の状態が常に悪化してしまう
マラセチアが皮膚で異常繁殖すると、菌が分解した「脂肪分解酵素」や「脂肪酸」などが皮膚に溜まっていきます。それが①の状態です。
それはやがて刺激となり、皮膚に炎症を起こしてしまいます。それが②の状態です。常に腫れている状態となり、その結果かゆみを引き起こし③の状態になってしまうのです。
治療法
◆検査
かゆみや腫れを伴う皮膚疾患は数多くあり、その原因を特定するために検査をしっかり行わなくてはなりません。特に皮膚病で多いものは「真菌によるもの」と「細菌によるもの」です。治療法が異なりますので原因菌の見極めをおこないます。
マラセチア皮膚炎が疑われた場合は、セロハンテープで皮膚の表面をはがし取り、専用の染色液を使用して顕微鏡で観察を行う「皮膚押捺塗抹検査」をおこないます。検査は痛みを伴う事もなく、非常に簡単です。マラセチアやブドウ球菌の過剰増殖が認められた場合は、抗真菌剤を使用しての治療となります。
ひどい皮膚症状が出ている場合は、必ずしも原因菌が一つではなく、細菌と真菌の両方に感染している場合もあります。そのため治療にステロイド剤や抗生物質を併用する場合もあります。
◆治療
マラセチア皮膚炎の治療は、
・マラセチア菌を減らすこと
・過剰分泌された皮脂を減らすこと
・皮膚の炎症を抑えること
が目的となります。
そのためにマラセチア皮膚炎専用の外皮用剤を使用しますが、洗浄も必要であるため、この成分が含まれた薬用シャンプーを使用しておこなうのが一般的です。
有効成分にはミコナゾール硝酸塩やクロルヘキシジンという殺菌成分が含まれています。正しく使用して治療を行いましょう。
【シャンプーによる治療】
①シャンプーをおこなう前に、犬の身体全体をシャワーで濡らします。シャワーはなるべく弱めの水流にしましょう。これは犬が身体を掻きむしり、傷がある可能性があるからです。水温はぬるま湯程度にして、皮膚に刺激を与えないように注意します。皮膚の負担に気を付けながら、時間をかけて被毛をしっかり濡らしましょう。
②薬用シャンプーは犬の体重によって使用量が定められています。まずは定められた量を手にとって確認しましょう。
シャンプーを手に取って泡立てていきます。症状の重い部分につけて、被毛を絡め優しく泡立てていきます。強くこすらないように注意しましょう。シャンプー用のスポンジを使用すると泡立ちが細かくなるため、被毛の隙間に入りやすくなります。
③シャンプーを10分間浸透させます。これは薬剤の効果を患部に浸透させるためです。泡立ちが悪かったり、量が足りていないと効果が出ませんので、しっかりと浸してください。このまま10分間待ちます。首を振って泡を落とさないように注意しましょう。タイマーを使ってきちんと時間を計ってください。
その間犬がシャンプーを舐めたり、吸い込んだりしないように気を付けましょう。もし吸い込んでしまうと、気管支炎や呼吸器の炎症が引き起こされてしまいます。待つだけであっても、犬から目を離さないようにしてください。
④10分経過したらしっかりとすすぎます。泡がなくなるまで丁寧に時間をかけて洗い流しましょう。この時も温水にし、刺激の少ない方法でおこないます。
⑤タオルドライをする時はゴシゴシこすらないように注意しましょう。こすると余計に患部を悪化させてしまいます。ドライヤーも近づけ過ぎないようにして、刺激を与えないように注意します。
⑥もし全身洗浄が難しい場合は、部分的でも構いません。たとえば耳の部分や指の間、脇の下、肛門周りなどは部分洗浄が可能です。全身洗浄と同じように、薬剤をしっかり浸透させて洗浄を行ってください。
【塗り薬による治療】
炎症が部分的な場合に、塗り薬でマラセチアを減らすこともできます。マラセチア皮膚炎の症状のある犬は、同時にアトピー症状がある場合も多いため、状態を見極めて塗り薬を利用し総合的に治療を行います。
予防法
検査や治療は大きな手術をする事もないため容易だと言えます。しかしどうしたら予防できるのか、再発防止法が何なのかを分かっていないと、原因菌が常在菌であるために症状を繰り返すことになります。若いうちに発症すると一生繰り返してしまう可能性もありますので、予防法をしっかり押さえておきましょう。
①食餌内容の管理
一般的に犬種別や年齢別のドッグフードが販売されていますが、必ずしもすべてが良質ではありません。基本はプレミアムフードを選びましょう。その中でも体質に合った物を見極めなくてはなりませんので、一度動物病院でフードの相談をしてみるのも良いでしょう。
マラセチア皮膚炎に伴って発症する脂漏症は、糖質や脂肪分の多い食餌が原因になることもあります。良質なフードでかつ体質に合ったものを選ぶことが重要です。またおやつの与えすぎにも注意しましょう。おやつではなくフードの一部を与えるようにすると、一日のカロリーコントロールもしやすくなります。
②環境の管理
マラセチア菌の増殖しやすい環境になると皮膚炎症状が発生しますので、生活環境を整えることも重要です。特に夏季は高温多湿になり菌が増殖しやすくなります。室温は25℃前後に設定し、湿度は60~70%程度に保てる環境を整えましょう。
また環境の清掃をまめに行い、必要であれば服を着用させ、皮膚を保護するようにします。
③被毛のカットや手術
被毛が長く毛量の多い犬種が好発犬種となるため、好発部位の普段の手入れが重要です。好発部位の通気性を良くしておきましょう。特に肛門周りの毛を短くしたり、足先にバリカンを入れて被毛を短く保つようにすると効果的です。飼い主からも皮膚の状態が目に見えるようになるため、管理もしやすくなるでしょう。
スパニエルなどの耳の長い犬種は、外耳道を切開して通気を良くするための手術をすることができます。受けておくと感染症だけでなく、外耳道炎などの多くの耳の疾患予防として有効です。
④定期的なシャンプー
発症したことのない個体の予防法は、基本的にはありません。なぜかというと、原因菌となるマラセチアやブドウ球菌は皮膚の常在菌で、殺菌することができないからです。しかし発症させないためにこまめにシャンプーをおこなって、皮膚をキレイに保つことはできます。定期的なトリミングやグルーミングをおこなって、全身を清潔に保ちましょう。
美容室でトリマーによる処置であれば、皮膚やにおいの異常を指摘してもらえます。プロによるチェックも良い予防法になるでしょう。
犬のマラセチア皮膚炎のまとめ
マラセチア皮膚炎は原因となる菌を完全に取り除くことはできません。しかし予防はすぐにでもできることばかりです。犬の状態を把握しながら予防に努めてください。少しでも異常があれば、早めに動物病院に相談しましょう。
普段からのスキンシップを多くし、ボディチェックをまめにおこなっておきましょう。また異常があれば自分で判断せず、すぐに獣医師の診断を受けましょう。
執筆者情報:大柴淑子(おおしばしゅくこ)
webライターで元動物看護士・ペットアドバイザー。
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